H・H・エーヴェルス「魔法使いの弟子」

こんばんは、皆様、三頌亭です。この本も以前読んだのですが、紹介していなかった本です。これで邦訳のあるエーヴェルスの本は大体記事にしてしまったように思います。「吸血鬼」と同じくフランク・ブラウン物の最初の作品です。

この作品は簡単に言うととある平和な寒村に「カルトな宗教」を植え付けてみたらどうなるかという作品です(^^;)。マスヒステリーの恐怖を描く、ある意味危ない作品ですねw。話はガラッと変わるんですけど、ディズニーアニメの「ファンタジア」ってごらんになったことがありますか?。あの作品でミッキーマウスが師匠のいない間に魔法を使っていたずらしたら収拾がつかなくなってしまうお話があるんですが、「ファンタジア」では師匠が最後に始末してくれます。エーヴェルスの「魔法使いの弟子」ではそれがありません。救いなしでございます(^^;)。ヨーロッパの作家は残酷のセンスが一味違うなと読んだ時には思ったものです。アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの映画に「密告」というのがありますがああいった残酷のセンスと通じるものがあるように三頌亭は思ってます。

出版社紹介
『フランク・ブラウンは著作にはげむべく、辺境の地、湖のほとりの村へと赴く。死ぬほど退屈しきった村人たちは、一帰郷者によってもたらされた、一種の懺悔宗ともいうべき信仰に凝りはじめていた。彼は一人の愛人を得るが、彼女と帰郷者を暗示にかけて、これらの村人たちを狂信の徒に仕立て上げてゆく。そしてついには凄惨な光景が・・・・。

『アルラウネ』『吸血鬼』の先駆けをなす本書において、エーヴェルスは、自らの術に溺れる『魔法使いの弟子』の民話をかりながら、民族と血の問題に思いをひそめ、博学な知識を駆使して宗教の底に潜む三位一体―狂信、悦楽、残忍性―を、透徹した現実認識でもってえぐり出す。それはまさに、予言的であるとすらいえる。』

 

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H・H・エーヴェルス「魔法使いの弟子

 

ウィリアム・アイリッシュ「幻の女」

こんばんは、皆様、三頌亭です。今日は大変有名なミステリ作品のお話です。学生時代、アイリッシュが好きでせっせと本を集めて読んでいた時期があります。本格推理というとついつい手を出してしまう三頌亭ですが、本当はサスペンス小説のほうが好きなのではないかと自分でも思うことがあります。

アイリッシュというと有名なのが「幻の女」です。これには乱歩の熱に浮かされたようなエッセイがあって、これを読んで「幻の女」を読まない人がいたら、そのひとはきっとミステリは嫌いなのではないかとすら思ったものでした。
「昭和21年2月20日読了、新しき探偵小説現れたり。世界十傑に値す。ただちに訳すべし。不可解性、サスペンス、スリル、意外性、申し分なし」と乱歩は記しています。

私も多分に漏れず、当時出ていた稲葉氏の翻訳を読んで大変感心したものでした。私が好きだったのは全編を覆うなんともいえない孤独感で、私生活でも大変孤独であったアイリッシュの人となりが良く表れているものでした。ストーリー自体は今となっては少し使い古されたものになってしまいましたが、その細部の描写は今でもじゅうぶん鑑賞に堪えるものでしょう。

写真は乱歩が読んだものと同じ版のポケットブックです。現在でも乱歩邸には彼の書き込みのあるこのペーパーバックが保存されています。もう一冊は同時期のウールリッチ名義の傑作「黒い天使」です。これらは戦後すぐの出版ですがたくさん残っていてまだ廉価に入手出来るようです。

*過去記事からの転載です。写真のペーパーバックはいまはもうありませんが、paperback warehouseというペーパーバック専門の古書店から買ったものです。ご店主はこの本はこういう商売を始める契機となった本だといってこのポケットブック版の「幻の女」あげておられました。三頌亭とよく似た思いの方がおられたので非常にうれしかったものです。

 

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ポケットブック版「幻の女」

 

H・H・エーヴェルス「アルラウネ」

ドイツの怪奇小説というのはなんとなく野暮ったそうで敬遠していた時期がありました。そんなときに読んだのがハンス・ハインツ・エーヴェルス「アルラウネ」です。一読、その通俗的な面白さに驚かされ、その後、翻訳のドイツ怪奇小説を次々と読むことになりました。

エーヴェルスもいわば大戦間のはざ間の文芸といえるかもしれません。エーヴェルスは1910年代から始まるドイツの怪奇文学ブームの中心人物として活躍した人物です。日本では海外文学の動向に敏感であった森鴎外が「諸国物語」にエーヴェルスの「己の葬」を始めて紹介しました。また、戦前には「新青年」などに「蜘蛛」を始めとするいくつかの短編が紹介されております。

前世紀初頭、ドイツに起こった怪奇幻想文学のムーヴメントはホフマンやポオの系列を受けクービン、シュトローブル、パニッツァを輩出しました。その中でエーヴェルスの作品は当時ドイツ映画界に起こったドイツ表現主義に格好の題材を提供して、最も名声のあるものでした。

「アルラウネ」はそのエーヴェルスの作品の中で最もよく売れたもの・・ベストセラーです。「アルラウネ」はマンドラゴラ伝説を材にとり奇怪な人造人間の夢を描いた怪奇小説です。またこれは人工受精を扱ったSF作品の嚆矢といえるかもしれません。

しかしこの作品を一言でいうなら通俗作品、それもとびっきりの大衆小説で、その怪奇なファンタジーとグロテスクさ、この時代には破格のテンポの良さが身上の稀な作品といえます。現代の読者でも安んじて楽しめることを請合いましょう(笑)。

「アルラウネ」の初版本は画家のエーヴェルス夫人によってアールヌーヴォー風の装丁が凝らされた綺麗なものです。24万部近く売られたこの版は今日では著しく希少な本となってしまっています。私は古書店のカタログでしか見たことはありませんが、非常に魅力的な装本でした。

写真は国書刊行会版の「アルラウネ」(上下巻:1979)とエーヴェルス短編集「蜘蛛・ミイラの花嫁他」(創土社:1976)です。どちらも絶版ですが入手は容易です。追記:本邦では橘外男「妖花イレーネ」が映画版の「アルラウネ」にヒントを得た作品です。

旧記事からの転載ですがワグナーのリストにも載せられておりまして、やはりエーヴェルスのこの方面の代表作と思われますので再度掲載いたします。国書刊行会さん、ebookでいいので再版をお願いいたします。

ご参考までにエーヴェルス「アルラウネ」の映画化作品についてお示ししておきます。「メトロポリス」のブリギッテ・ヘルムによるサイレント&トーキー映画が2本、戦後になって ヒルデガルト・クネフの主演のものが1本です。やっぱり当たり役はブリギッテ・ヘルムでしょうか?w。
Alraune - 1927; Brigitte Helm, Henrik Galeen
https://www.youtube.com/watch?v=WZjJmejaRc0

Alraune (Richard Oswald, 1930) Brigitte Helm (En, Dan subs)
*プリントがよくないです
https://www.youtube.com/watch?v=U3qYmB6P8pA

Alraune 1952 Hildegard Knef
https://www.youtube.com/watch?v=87FxxjQI5PY

 

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アルラウネ:邦訳

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1928「アルラウネ」ブリギッテ・ヘルム

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アルラウネ:ドイツ版書影

 

太刀掛秀子「ライラックの花のころ」

こんばんは、皆様、三頌亭です。今日のお題は太刀掛秀子さん「ライラックの花のころ」です。デビュー作「雪の朝」の次の作品でした。まだいわゆる「乙女ちっく」というキャッチコピーがなかったころの太刀掛さんの作品です。この方のごく初期の作品の絵柄は萩尾さんなんかに似ていました(鼻の描き方など)。その後徐々に掲載誌に特徴的な絵柄に変わります。

さてストーリーですが、悲恋ものですね。ただ、あつかったシチュエーションが統合失調症(schizophrenia)というところで大変暗い作品になっています。田渕、陸奥ご両人に比べてもともと暗いテーマが多い太刀掛さんですが、デビュー当時から暗いテーマで時々作品を描かれていました。高校生の夏休みくらいだったと思いますが、掲載誌で読んだ作品でした。テーマもさることながら、太刀掛さんの作品自体、最近読まれなくなって、今後復刻される可能性は少ないだろうと思われるので取り上げました。余談ですが、このマンガでリラ(主人公の名前)とライラックが同じ花の名前だということを初めて知りました(笑)。

Yahooブログからの転載ですが、何かと熱心にアクセスしてくれる方が多かったので再掲しておきます。いまだに三頌亭は掲載誌を入手できないでいます。

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ライラックの花のころ01

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ライラックの花のころ02

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ライラックの花のころ03





エーヴェルスの短編「トマト・ソース」

こんばんは、皆様、三頌亭です。エーヴェルスの「吸血鬼」のお話を出しましたのでついでに思い出したエーヴェルスの短編「トマト・ソース」のことを書いておきます。この短編はストーリーは非常に単純でだれにも簡単にわかる代物です。しかしその題材と描写たるや・・・もう問答無用の直接的な強烈さがあって素晴らしいです・・・(^^;)。しかし、・・・悪趣味ですな~、本当に。なんのことやらよくわからないといけませんので・・・、この作品の骨子は2人の男の下半身を固定した状態でナイフを持たせて戦わせる「人間・闘鶏」です。なぜ表題が「トマト・ソース」なのかは推して知るべしであります。英訳本(『Blood』:オリンピア・プレスの出版らしい)に掲載された挿絵を二つ載せておきます。ゴヤのパチモンのような画風が非常によくこの作品にマッチしています。 因みに英文テキストはこちらです。
http://magick7.com/MoonlightStories/1/05/0143.htm
邦訳には「吸血鬼」の前川氏の翻訳がありまして、幻想文学64号に掲載されています。
【FONS FANTA】翻訳幻想譚集
ハンス・ハインツ・エーヴェルス『トマト・ソース』(前川道介訳)
http://www.atelierocta.com/pages2/64.html
なんとまだ在庫がございますw。三頌亭がその昔、本屋で立ち読みして印象に残った残酷小説のお話でした。

 

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トマトソース01

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トマトソース02

 

H・H・エーヴェルス「吸血鬼」

こんばんは、皆様、三頌亭です。今日は以前読んだ本から紹介いたしましょう。H・H・エーヴェルスの「吸血鬼」です。この作品は超自然的な内容がというと、ほとんどそうではなく、象徴としての「吸血」・・つまり戦乱の時代にあっての人類共通の「血の渇き」を「吸血鬼」に差し替えた恐怖小説であります。

でもまあしかし本作品の出来は猥雑でルーズです(笑)。「すさんでぼろぼろになった極彩色の物語」と作者の言う通り、暗く血みどろの物語ですが、骨の髄からのロマンティストのエーヴェルスは最後に救いを用意するといういい加減なご都合主義をいけしゃあしゃあとやっております。作品のイメージと最も近い作家は私見によればセリーヌだと思うのですが、あの救いのない暗黒小説「夜の果ての旅」の深化には比べるべきもない作品かもしれません。また「血とエロティシズム」といったサドのような哲学的な深化ももまた望むべくもありません。

それではどこがいいのかというとやっぱりエーヴェルスは大衆小説の書き手でありまして、それぞれの場面には映画を見るかのような視覚的な興味とストーリーが満載されていて面白いのです。不完全な出来の中にある唯一の美点といってもいいかもしれません。そのあたりをお楽しみいただければこの作品の欠点に十分目をつぶることができるのではないかと三頌亭は思う次第であります。

残念なことに創土社はこの本を増刷しておらず、長い間、版切れの状態が続いています。同社の「ホフマン全集」のようにeBOOKになることを希望しております。.また、英文テキストでもいいという方には下記で読むことができます。
https://archive.org/details/Vampire1934/

さらにこの作品をはじめドイツ幻想文学の翻訳を数多く手がけた故前川通介教授の業績集をお示しいたします。このあたりから拾って読んでいくのも面白いかもしれませんね。
http://www.kcn.ne.jp/~ksuzuki/varia/shoshi.html

出版社紹介
『至高の愛は吸血と血の生贄によってはじめて完成され得るのか。フランク・ブラウンは果たして吸血鬼か。エーヴェルスは、世界中の民族に伝承される血の神話、伝説を引用して訴える。それは人類の本性そのものではなかろうかと。原稿自身、数奇な運命をたどった問題の書「ヴァンパイア」ついに待望の完訳なる。
「ずさんでぼろぼろになった極彩色の物語」と。こうエーヴェルス自身が表題をつけたように。これは第一次大戦勃発という狂騒のさ中にあって、吸血という愛とエロティシズムをぼろぼろになって生きる男女をめぐって展開する。当時のアメリカ上流社会を主舞台とした、血とセックスの狂宴。そして戦争とは?人類自身の血の渇きに挑む不朽の大長編小説』

 

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エーヴェルス「吸血鬼」(創土社:昭和54)

 

ロバート・マラスコ『家』 Burnt Offerings (1973)

こんばんは、皆様、三頌亭です。この前、Valancourt Booksのカタログを見ていたら思い出したので紹介いたします。ロバート・マラスコの「家」であります。本格的なゴシックホラーの典型的な作品ですね。幽霊屋敷ものではマイルストーン的作品だと思いますが、現在では忘れ去られたベストセラーの感があります。「意志を持つ家」というところがこの作品のモダンホラーとしてのオリジナリティだろうと持っております。簡単なあらすじは下のコピーを見ていただくとして・・・、「ひと夏の経験」幽霊屋敷版ですw。また、大筋のプロットをほぼ踏襲した、「ひと冬の経験」幽霊屋敷版がこの作品の5年後に出たキングの「シャイニング」です。季節に合わせてお読みいただければぐっと興が乗ることと思いますw。以前はハヤカワ文庫のモダンホラーセレクションに翻訳が入っていたと思いますが、残念なことにいまは品切れです。古書にてお読みください。

ところでこの作品は映画化もされてまして、そこそこ出来が良かったと思います。これはデジタルリマスターされた版が出ているそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=98EcIOUKP1g
この後観たキューブリックの「シャイニング」のインパクトが凄かったので、忘れてました。ただ、プールのシーンからラストあたりのことをよく憶えていて、そこはかとなくラストが怖い作品でしたね。


出版社紹介
「暑苦しく、騒がしいニューヨークを逃れて、ひと夏を郊外の別荘で快適に暮らしたい…。誰もがいだく望みを、ロルフ一家は実現することができた。美しい自然にかこまれた、壮麗で古風な屋敷、しかも、賃貸料は格安。ただ、ひとつだけ奇妙な条件があった。「家」の所有者の兄妹が留守のあいだ、老母の食事の用意をして欲しい、というのだったが…骨薫品がみちあふれた壮重な屋敷で次々と起こる奇怪なできごと。高まるサスペンス、蝕む狂気。やがて恐怖の幕は開いた!」

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ロバート・マラスコ『家』