H・H・エーヴェルス「アルラウネ」

ドイツの怪奇小説というのはなんとなく野暮ったそうで敬遠していた時期がありました。そんなときに読んだのがハンス・ハインツ・エーヴェルス「アルラウネ」です。一読、その通俗的な面白さに驚かされ、その後、翻訳のドイツ怪奇小説を次々と読むことになりました。

エーヴェルスもいわば大戦間のはざ間の文芸といえるかもしれません。エーヴェルスは1910年代から始まるドイツの怪奇文学ブームの中心人物として活躍した人物です。日本では海外文学の動向に敏感であった森鴎外が「諸国物語」にエーヴェルスの「己の葬」を始めて紹介しました。また、戦前には「新青年」などに「蜘蛛」を始めとするいくつかの短編が紹介されております。

前世紀初頭、ドイツに起こった怪奇幻想文学のムーヴメントはホフマンやポオの系列を受けクービン、シュトローブル、パニッツァを輩出しました。その中でエーヴェルスの作品は当時ドイツ映画界に起こったドイツ表現主義に格好の題材を提供して、最も名声のあるものでした。

「アルラウネ」はそのエーヴェルスの作品の中で最もよく売れたもの・・ベストセラーです。「アルラウネ」はマンドラゴラ伝説を材にとり奇怪な人造人間の夢を描いた怪奇小説です。またこれは人工受精を扱ったSF作品の嚆矢といえるかもしれません。

しかしこの作品を一言でいうなら通俗作品、それもとびっきりの大衆小説で、その怪奇なファンタジーとグロテスクさ、この時代には破格のテンポの良さが身上の稀な作品といえます。現代の読者でも安んじて楽しめることを請合いましょう(笑)。

「アルラウネ」の初版本は画家のエーヴェルス夫人によってアールヌーヴォー風の装丁が凝らされた綺麗なものです。24万部近く売られたこの版は今日では著しく希少な本となってしまっています。私は古書店のカタログでしか見たことはありませんが、非常に魅力的な装本でした。

写真は国書刊行会版の「アルラウネ」(上下巻:1979)とエーヴェルス短編集「蜘蛛・ミイラの花嫁他」(創土社:1976)です。どちらも絶版ですが入手は容易です。追記:本邦では橘外男「妖花イレーネ」が映画版の「アルラウネ」にヒントを得た作品です。

旧記事からの転載ですがワグナーのリストにも載せられておりまして、やはりエーヴェルスのこの方面の代表作と思われますので再度掲載いたします。国書刊行会さん、ebookでいいので再版をお願いいたします。

ご参考までにエーヴェルス「アルラウネ」の映画化作品についてお示ししておきます。「メトロポリス」のブリギッテ・ヘルムによるサイレント&トーキー映画が2本、戦後になって ヒルデガルト・クネフの主演のものが1本です。やっぱり当たり役はブリギッテ・ヘルムでしょうか?w。
Alraune - 1927; Brigitte Helm, Henrik Galeen
https://www.youtube.com/watch?v=WZjJmejaRc0

Alraune (Richard Oswald, 1930) Brigitte Helm (En, Dan subs)
*プリントがよくないです
https://www.youtube.com/watch?v=U3qYmB6P8pA

Alraune 1952 Hildegard Knef
https://www.youtube.com/watch?v=87FxxjQI5PY

 

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アルラウネ:邦訳

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1928「アルラウネ」ブリギッテ・ヘルム

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アルラウネ:ドイツ版書影