H・H・エーヴェルス「吸血鬼」

こんばんは、皆様、三頌亭です。今日は以前読んだ本から紹介いたしましょう。H・H・エーヴェルスの「吸血鬼」です。この作品は超自然的な内容がというと、ほとんどそうではなく、象徴としての「吸血」・・つまり戦乱の時代にあっての人類共通の「血の渇き」を「吸血鬼」に差し替えた恐怖小説であります。

でもまあしかし本作品の出来は猥雑でルーズです(笑)。「すさんでぼろぼろになった極彩色の物語」と作者の言う通り、暗く血みどろの物語ですが、骨の髄からのロマンティストのエーヴェルスは最後に救いを用意するといういい加減なご都合主義をいけしゃあしゃあとやっております。作品のイメージと最も近い作家は私見によればセリーヌだと思うのですが、あの救いのない暗黒小説「夜の果ての旅」の深化には比べるべきもない作品かもしれません。また「血とエロティシズム」といったサドのような哲学的な深化ももまた望むべくもありません。

それではどこがいいのかというとやっぱりエーヴェルスは大衆小説の書き手でありまして、それぞれの場面には映画を見るかのような視覚的な興味とストーリーが満載されていて面白いのです。不完全な出来の中にある唯一の美点といってもいいかもしれません。そのあたりをお楽しみいただければこの作品の欠点に十分目をつぶることができるのではないかと三頌亭は思う次第であります。

残念なことに創土社はこの本を増刷しておらず、長い間、版切れの状態が続いています。同社の「ホフマン全集」のようにeBOOKになることを希望しております。.また、英文テキストでもいいという方には下記で読むことができます。
https://archive.org/details/Vampire1934/

さらにこの作品をはじめドイツ幻想文学の翻訳を数多く手がけた故前川通介教授の業績集をお示しいたします。このあたりから拾って読んでいくのも面白いかもしれませんね。
http://www.kcn.ne.jp/~ksuzuki/varia/shoshi.html

出版社紹介
『至高の愛は吸血と血の生贄によってはじめて完成され得るのか。フランク・ブラウンは果たして吸血鬼か。エーヴェルスは、世界中の民族に伝承される血の神話、伝説を引用して訴える。それは人類の本性そのものではなかろうかと。原稿自身、数奇な運命をたどった問題の書「ヴァンパイア」ついに待望の完訳なる。
「ずさんでぼろぼろになった極彩色の物語」と。こうエーヴェルス自身が表題をつけたように。これは第一次大戦勃発という狂騒のさ中にあって、吸血という愛とエロティシズムをぼろぼろになって生きる男女をめぐって展開する。当時のアメリカ上流社会を主舞台とした、血とセックスの狂宴。そして戦争とは?人類自身の血の渇きに挑む不朽の大長編小説』

 

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エーヴェルス「吸血鬼」(創土社:昭和54)